運営者情報
【美容師サクセスブログ】をご覧いただきありがとうございます。運営者の「まさむね」と申します。
美容室を2店舗経営しながらブログの執筆を続けております。そもそもブログを書こうとしたきっかけは「美容室はブラック企業が多い」「美容師は稼げない」という言葉を耳にしたことでした。実際に僕が知っている美容師でも満足に稼ぐことができていない人もいます。
しかし逆に美容師として成功して楽しい人生を歩んでいる人もいるのです。世の中の美容師さんでお金を稼ぐことに困ってる人の大半は自分が置かれている環境に問題があるケースが多いです。
少しだけ行動して働き方を変えただけで半年後の年収、数年後の年収が大きく変わります。そのことを知らない美容師に向けて少しでも力になれればと思い仕事の隙間時間でブログを書いております。ここからは少し詳しく自己紹介をしていきます。
幼少期~学生時代
僕は両親が理容室を営んでいる家庭に育ちました。小学生の頃はスポーツ少年団で野球に夢中でした。スポーツ全般がどちらかといえば得意な方で水泳の記録会や陸上記録会などにも生徒の代表として出場していました。勉強もそんなに苦手ではなく小学生の頃はいわゆる「モテ男子」というポジションでした。足が速いとモテるからね(笑)髪型は王道のスポーツ刈りでした。
中学生になる頃にお洒落に目覚めます。朝から鏡の前で髪型をセットして先生に怒られたり、香水を付けて登校してみたり。洋服も自分で買うようになりました。当時は古着ブームでリーバイスの501とかよく履いてました。
自分は癖のある髪質なのでヘアセットに悪戦苦闘の毎日でした。実家が理容室だったこともあり、そこから髪型について深く興味を持つようになります。中学生になってプロ野球選手になれるわけがないと現実を知った後に美容師を目指すことになります。
高校生になって進学校に通っていましたが、皆が大学を目指す中で、自分は美容師になりたいと美容専門学校を目指すことになります。そしてせっかく美容師になるんだったら東京で勝負したいと上京することになります。
専門学校は「山野美容専門学校」に進学しました。一学年が約1.000人のマンモス学校でしたが、そこでは本気で美容師を目指している人もいれば、なんとなく働きたくないから専門に通ってる人もいました。色々な地方から学生が集まるので地元にいるよりも刺激的な毎日を過ごすことができました。
やはり一度は地元を離れてみるのは経験として良いものでしたね。学校にバイトに恋愛に充実した毎日でした。
社会人~現在
初めての就職先は美容師なら誰もが知っている某有名美容室に就職しました。当時は何百人もの応募がありましたから、面接に合格したときは嬉しかったです。これで自分も華やかな世界でキラキラした美容師になれると思っていました。
しかしここから地獄のような毎日を過ごすことになるのです。今から約15年前の美容業界は本当にブラック企業しかありませんでした。「長時間労働」「安月給」「先輩の絶対王政」美容師1年目なんて本当に奴隷のような扱いでした。
普通の会社員の経験がないので、社会保険という概念も知りませんでしたし、労働時間に対する疑問もありませんでした。ただ毎日を全力で過ごすという1年間でした。ただ基本的に練習は周りの誰よりも頑張っていたので、技術的な成長は早かったです。
2年目になると専属アシスタントにも抜擢されました。そして自分がついていた師匠が独立するという話にオープニングスタッフとして参加することになります。そこから1年間はサロンとしてもバタバタの連続で大変な毎日を過ごしていました。
24歳の年にスタイリストデビューをすることになりますが、輝いている先輩スタイリストのように月の売り上げが数百万という結果は残せませんでした。月の売り上げは100万にも届かずに給料は20万円以下でした。
しばらく売り上げに悩む日々を過ごすわけですが、転機は結婚がきっかけでした。25歳の頃に付き合っていた彼女と結婚したのですが、「このまま東京で頑張るのか?それとも地元で頑張るのか?」という選択に迫られます。
子育てや仕事時間を考えた結果、地元に戻って他の美容室に再就職することに決めました。結果的にその選択は正解でした。転職先の美容室はオーナースタイリストが1人とアシスタントが3名。僕はスタイリストとして参加したのですが、毎月の新規客が50人以上いたのです。
これまでは自分の努力で新規客を呼ぶという考え方でしたが、サロンを変えただけでここまで新規客の人数が変わることに驚きました。仕事時間も短くなりましたし、東京時代に比べるとどちらかといえば楽な毎日になりました。
地元に帰ってから1年もかからずに売り上げは150万を超えて一般的な社会人としての収入を手にすることができるようになりました。そこから2年間の修業を積んでいよいよ独立することになります。
独立する際も東京に比べると家賃は約3分の1くらいですし、固定費を低く抑えることができました。経営理念は「スタッフが長く働くことのできる環境作り」でしたので社会保険に加入して週休2日制を導入しました。歩合給も通常より高く設定しました。とにかく社員の満足度を高める事に注力しました。
当時からすると福利厚生が整っていて、珍しい労働環境だったと思います。そのおかげもあってオープニングスタッフは10年目の今でも元気に働いてくれていますし、他の社員も皆継続して勤務してくれています。
そのおかげもあって今では美容師の平均賃金を大きく上回る収入を得る事ができています。
これからの未来について
20年前のように若者が憧れる職業の1位が美容師になることが夢です。そのためには表面的なお洒落そうなイメージだけではなく、美容師として働く人達が充実した毎日を過ごしていなければダメだと思います。
充実した毎日に必要なことは時間とお金です。かつてブラック企業として「長時間労働」「低賃金」のイメージが定着してしまった美容業界ですが、現状は少しずつホワイトな会社が増えてきています。
美容師一人一人がもっと真剣に自分の将来に向き合って働く環境を選んでいけば、自然とブラック企業は淘汰されて、健全な経営をしているサロンだけが生き残る時代になります。
そうなるとこれから美容師になりたい若者が増えて、業界全体がもっと盛り上がってくることでしょう。まずは今美容師として苦しんでいる人達の生活が豊かになるような情報発信をすることで美容業界に貢献していきたいと考えております。
もし今の現状に不満や不安がある人にとってこのブログがきっかけで人生が好転することがあれば非常に嬉しく思います。定期的に情報更新していますので是非ご覧になって下さい。
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